石内都 「ひろしま/ヨコスカ」


 昨日、目黒区美術館にて、石内都さんの「ひろしま/ヨコスカ」展を見た。

 展覧会最終日の夕方だったため、たくさんの人でにぎわっていた。

 展覧会会場は三つのパートに分かれており、Ⅰ、風景「ヨコスカ」、Ⅱ、時の身体/身体の時、Ⅲ、不在の肉体「ひろしま」、彼女のこれまでの仕事が俯瞰できる構成になっていた。

 モノクロームの横須賀の町、一枚一枚から、町とそこに住む人々の呼吸が伝わってくる。

 町を抜ければ、クローズアップされた体の、むき出しの体温。指、腹、胸、陰毛、足。そこには「傷」が残され、生へと覆いかぶさってくる、否応ない「痛み」の負荷、に圧倒される。

 そして、「ひろしま」。今はなき肉体を覆っていたワンピースが壁に翻る。数分間のビデオ映像では、衣類の細かな模様が映し出されていた。こんなにも鮮やかな色、形が残されているのに、持主の肉体は消滅している…。そのことの不条理が胸にせまる。衣類の美しい色彩は、覆っていた命の美しさを代弁しているのか。理由などない、ただそこにある命の尊さを、衣類の1枚1枚の襞が、慎ましやかに物語っていた。

 「ひろしま」を見終えると、『Mother's』。石内自身の母の遺品を撮った作品。赤の口紅と青の口紅が壁一面に立ち上がり、下着のレースの模様の透けた背後の光は淡い官能に満ち、一人の「女」の「生」、「性」、が浮かび上がってくる。

 写真に切り取られた人間のリアリティ。有限の生。不在の生。しかしながら、生が内在する永遠性へのベクトルを、あからさまではなく、そっと秘めている石内の作品。自分の存在の核にある、生きることの「傷」のようなものに触れたような気がする。

 会場を出ようとすると、奥のカフェに、石内都さんがいた。颯爽としていて素敵だった。

 娘に言った。「かっこいい女性になろうね!」

 娘は「うん(*^_^*)」頼もしい(笑)

 

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