「私」を探して

 

白昼の青空にひばり放送が流れる。

言伝のない歩行へと彷徨いだした人を探すアナウンス。

魂を包む衣類の特徴、性別、年齢、匿名でありながら尚、ただ一人の人を証しだてる言葉の連なりが日常を切り裂く。

「どこへ行ったの?」「何のために?」

「私を探して」いるんだ。いつも「私」が見えなくなる。「私」とは何か?

月日を重ね、あらゆる事象を潜り抜けても、見えない「私」がいる。

探し続け、求め続ける「私」がいる。

風がわたって、

夏草がなぎ倒され、

炎上する季節の果てに、

ひばり放送が、上空に、響いて、消える。存在の在りかを希求する人間たちの、見えぬ叫びのように。



 「私とは、何か? それは、飛躍によって、或いは、徒歩によって、自身以外のものに絶えずなりたいと志向するところの不思議な精神である」(埴谷雄高『幻視の詩学』)


「私」を探して、「私」を越えて、果てなき歩行の向こうに何が見えるのか。




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